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死相の私

今日の午後、デモ行進にも関わらず、仕事の手続きのため、地獄のようなブエノスアイレス市に出た。地下鉄に乗っていたら、ボロボロの服を着ている貧乏な女の人が私のそばに座ってきた。「自殺を図りたい」と話し始めてくれた。次の対話があった。

「何があったの?」

「こんな苦しい生活を送っているけど、もう我慢できなくて、将来がわからないし、娘にいい生活を送らせてあげられない!」と答えた。

「あなたが自殺したら、誰が娘さんを守るんですか?」

「彼女と一緒に死のうと思っている。」

「でも、彼女は生きたい。誰にも未来がわからない。彼女には、将来もあるよ。」

「娘は2歳で、現実さえ理解しない。どうしようもない。盗みに出るのか、売春するのか、自殺するのか。。。」

「盗みをはたらけば、犯罪者になって、社会はあなたを嫌いになるのはもちろんだね。死ぬことにしたら、いい人として認められることを求めたほうがいいと思う。娘はあなたを愛してる。」と私は別れて、終点で降りた。

まるで、死であるかのように、あのお母さんに話してもらった気がした。私は彼女が死なないと決めた気がした。

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