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アルゼンチン、準優勝

24年ぶりにアルゼンチンがワールドカップの決勝戦に出た。ブラジルワールドカップの時は、誰もこのチームにほとんど自信がなかった。しかし、各試合に勝つにしたがって、全国に誇りと感動を振りまいた。残念ながら、アルゼンチンがドイツに負けて、準優勝になったが、素晴らしく頑張った。

アルゼンチンはワールドカップに2回勝った。1978年には初めてアルゼンチンでワールドカップが行われて、決勝戦にたどり着いて、オランダと争った。そして、優勝した。それから、1986年度メキシコで開催されたワールドカップではドイツと勝負して、3対2でアルゼンチンが勝った。ただし、1990年にはまた決勝戦でドイツに当たって、ペナルティのため、負けてしまった。アルゼンチンが今年まで決勝戦に出られなかった。ドイツはいつも強い敵だった。


今年こそ、またワールドカップの決勝戦に出たからって、世論はメッシを中心としてチームのサッカー選手達を非難した。でも、マスチェラノのようなサッカー選手を褒めた。あるファンがメッシに対する非難に関して、下記のようにフェイスブックにメッセジを書いたのだ。


「この悲しい人「メッシ」を御覧下さい。彼は背中をそらされ、沈黙のアルゼンチン社会で育った子。私達の国の医療ではなく、スペインへ渡って治療を受けました。11歳の時から、成長やっとできて、僕らの旗で優勝するためにたくさんの注射を受けました。メッシはスペインに敬意を払われて、スペインのチームに入って、代表として2010年にワールドカップで優勝するチャンスを断ったからといって、まだメッシを疑う人がいますか!。テレビ、あるいはピッチで彼を見たりした誰もが彼のようには、少しも苦しんでいないはずです。


メッシはカップが取れなかったため、誰よりも苦しんでいます。彼のシュートからノイアーの左ポストに触れたボールのためにも、誰よりも苦しんでいますが、ワールドカップの時には、彼のゴールを応援したアルゼンチン人の応援者ほど嬉しくなかったはずですよ。なぜなのでしょうか。なぜなら、試合でサッカーをしながら、今度の試合に2倍の努力をしなければいけないプレッシャーを持って、素晴らしく競技しても、意地悪な人からはなじられるおそれがありましたから。メッシが個人的にうまくいっている時はチームがメッシに依存してしまうことを非難して、メッシが集団的にうまくいっている時も、彼が冷淡な選手だし、試合に迷ったなどとやじられてしまいます。

アルゼンチン人はけっして満足しないようです。違う瞬間と違う作戦を使ったサッカーをし方でも、違うサッカー選手でも、マラドーナとメッシを比べようと、重大な間違いをやりました。彼がマラドーナのように、ワールドカップが取れなくなりましたが、玄人と人間として、薬物を使用する世界に入ったり、他の人と喧嘩したり、ののしったりしていませんから、僕は感謝します。ボールだけで遊びたい純粋な子どものように居続けて下さい。非難した人が後悔してほしいです。しかも、メッシもアルゼンチン人ですからも、感謝します。ありがとう、小人!。あなたの涙と23人のヒーローこそ僕の心にありますよ。夢見させていただき、ありがとうございました。」


私は2018年度ロシアワールドカップに出るために、これからも彼らがこの経験を使って、ひたすら稽古するといいなと思う。サッカーの大敵といえば、ブラジルだ。望んでいた決勝戦はアルゼンチンとブラジルだったが、あいにく準々決勝でブラジルが敗れた。アルゼンチン人とブラジル人同士、応援歌を歌ったりするが、時々暴れてしまうことがある。


世界の人はドイツを過半数応援したが、ブラジルをぬきにして、その他の中南米の国々は邪魔するばかりで、アルゼンチンをサポートしない。彼らは手伝いが必要な時には、私達が味方だし、兄弟だし、サポートもしないといけないが、アルゼンチンは応援が要る時は、中南米の国ときたら裏切ったり、ねたましく非難したりしてしまう。私からみると、私達のチームを非難する前に、せめてワールドカップに一度勝つべきだと思うけど、そうじゃなかったら、慎んで下さい。

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