スキップしてメイン コンテンツに移動

ワールドカップ、日本人の応援者

ブラジルワールドカップでは、日本人のファンは試合後、スタディアムのごみを拾って、誰もを驚かせたのだ。日本人によれば、応援者のこの態度は日本文化に根付いている。小学生の時から、学校の使った場所の物を掃除することを習うからだという。そして、おおむね家族は家庭サービスを雇うのに、すごく高いので、自分の家庭を掃除するそうだ。

日本文化では、通常は責任を各自が負担することを強調するが、掃除の場合は汚した人の責任を求めるというより、垢を掃除することこそを重視するということだ。あるウェブサイトの記事によるごみを拾うニュースが伝わって、フランスワールドカップを皮切りにして、世界に広がった。その当時、日本人同士の座右の銘は「来たときよりも美しく」だった。日本の旅行会社はサッカー選手を応援するついでに、ごみを拾うために客に青い袋を配っていたそうだ。


サッカー選手の場合は、試合が終了した後で、応援者にお礼をする。特に、アルゼンチン人が腰を抜かしたのは日本の応援者がアルゼンチンのサッカー応援歌を真似て歌って日本のサッカー選手を応援していることだ。


上記は本格的な日本人の特色だと思う

コメント

このブログの人気の投稿

葛飾北斎

ウキヨと言う言葉は平安時代から鎌倉時代にかけて出て来た言葉である。そのうち、仏教や無常観で辛い人生と言う意味として使われた。それから、江戸時代に入って人々はスーパーポシティブの意味として使うようになって浮世と言う言葉が生まれた。浮世絵の代表的な画家の一人は葛飾北斎である。この絵師の作風は日本人の先祖の日常生活や習慣などを表している。その作品は欧州に普及し、パリに入って、フィンセント・ファン・ゴッホのような画家が北斎の作品に憧れて西洋芸術に浮世絵の影響を与えた。北斎の最も有名な浮世絵は神奈川沖波裏である。 現在、日本でもポピュラーな北斎の作品は世界中でも知られる。浮世絵の精神はさらに現代の漫画とアニメの作成にも影響を与えているのである。

北朝鮮、社会主義者の夢

社会主義的な政府、すなわち独裁政権は平等に資産などを民衆と共同し、誰もが同等の取得や好機に恵まれ、教育を受け取り、貧しくない生活を送らせるという口実をもって、民主を圧伏して、封建社会を創設してしまう。つまり、社会主義者というものは王政を嫌うが、独裁政治は好む。独裁者は国王のように私服を肥やして暮らして、国民は貧しく生活するという政府を促進する。 金正恩らは社会主義独裁体制のもとで北朝鮮を治める。金正恩以外、国民は自由に出国や入国したり、自分の資産を所有したり、表現の自由を行使したりしてはいけない。日毎に、人権が侵害されている。人が自分の意見を述べたら、警察に逮捕され、刑務所に連れて行かれて、拷問されるもので、北朝鮮人は政権に縛られる。絶望的な人は中国に逃げるが、不運な人は強制送還されてから、北朝鮮の長官に牢屋、もしくは強制収容所に送られるこもある。強制収容所では人々を死ぬまで、拷問し、働かせるのは日常茶飯事だ。有名な強制収容所はオンソングだ。逃げられた生存者によると、 約20万人の人質がいて、懲役を実施させるそうだ。驚くことに、捕らわれの家族もいるとのこだ。以前言った通りに、いろいろな拷問によって苦しませる。例えば、ある女性に毒を盛るキャベツの葉を食べさせて、鼻、口、肛門から血が出て、凄く苦しんだ末に死んでしまう。もし、食べることに反したら、家族を脅かす。 一方、家族を拷問するために、子供に毒を盛って、死にかける時、もちろん両親は蘇生しようとする。失敗したら、子供が死去したという悲しみに暮れても仕方がない。 現代にこんな事件が起こるのはなぜなのだろうか。社会主義がこの世に生み出せるのは独裁政治の促進のみだ。政治家は国民のニーズに答えて、国を治めるどころか、国民の期待に反して治めるばかりで、国の将来を損なってしまう始末だ。 社会主義体制はソ連とか、中国とか、ベトナムといったいろいろな国で失敗したからといって、未だに北朝鮮、あるいはキューバのような国の方針を促進したい人がいることを聞くにつけて、開いた口が塞がらない。中南米の中で、そんな独裁政権の国のように、ベネズエラがなりつつある。しかし、真向から否定するのではなく、社会主義の教育と保険制度という利点を資本主義に加えるべきなのは私の意見だ。資本主義なしの社会主義は独裁政治で、社会主義なしの資本主義は猛悪になるもの...

恩師への想い

昨日、悲しいお知らせが届いた。驚くべきことに、母校の体育の先生だったブルーノさんが亡くなったのだ。仲間の話によれば、49歳で、腎臓癌によって死去したとのことだ。彼は僕が高校生の時の僕の体育の先生だった。準備運動、ストレッチ、身体検査のような、体育と健康の大切さを教えてくださった。僕は運動をする時、 未だに 恩師の授業が頭の中に浮かんでくる。 先生のおかげで、体育が重視だと学んだ。学校での良い思い出の中には、いつもはブルーノさんがいたと思う。 こっけいな彼もモリア・カサンの娘の水泳の先生だったこと、マラドーナと共にサッカーをしたこと、パッチ・アダムスとも知り合ったことなどの話をしてくださったものだ。 楽しい人だから、どんな時に真面目に話していたかどうか分からなかったので、学生の僕を時々迷わせたのだ。 この素晴らしい世界への第一歩を後押ししてくださった逸話と経験も豊富な恩師のために、この投稿を書いた。彼の教訓が心に刻まれているのだ。いろいろありがとうございました。